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2007/12/16

何かを捨てて選択する

女性が子どもを持って働く時には、何かを捨てなきゃいけないよね、という話がでました。

その人は、理想的な教育をしてくれる、せっかく見つけた幼稚園に子どもを入れることを諦めた、と。

私もいろいろ捨ててきたなと思います。

程よく掃除された家
手の込んだ料理
アイロンのかかったハンカチ
子どもに「おかえり」と言うこと
よい母であること
よい妻であること
・・・

それだけじゃなく、選んだ筈の仕事でも諦めたものがありました。

残業OKという態度
自分だけで決めるスケジュール
上を見すえた仕事
長期的に責任のある仕事
・・・

最後2つはそう思い込まされるようになってたのかもしれないけれど。
家庭においても仕事においても、捨てるものは人それぞれです。
が、結局何かを捨てなきゃいけないのは確かです。

何を捨てるかの選択肢は残ってるので、その範囲で後悔しないようにするだけ。
もしかしたら、それが分かって、できるようになるまでにも、何らかの覚悟がいるのかな・・・。
私の場合は思い込みが強かったのか、そのプロセスをすっ飛ばしてたので、分かってないのかもしれません。家庭で、私が捨てたものも「ヨシ」としてくれてる家族がいるのもありがたいことなのでしょう。

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コメント

わたしは、「捨てる」のではなく「降りる」のではないか?
とずっと思いながら一応話を合わせていました(笑)。

投稿: sunao | 2007/12/18 01:07

>sunaoさん
私の「捨てる」は「それをヨシとする価値観」を「捨てる」なのかなと思ってます。
私が「降りる」を使うなら「それに価値を置く場所」から「降りる」になりますが、同じ意味でしょうか??
難しいですね。(^^;

投稿: ぐれ | 2007/12/18 20:19

「捨てる」、「降りる」難しいです。

最近思うのは
「今ここにいる自分」を選んだのは私、
って気負いなく思えるようになれたらいいなって
ことです。

投稿: よっちー | 2007/12/18 23:16

たぶん今回のファシリ講座を進めていくと
分かるのかなと思っています。>降りるということ

投稿: sunao | 2007/12/19 18:23

>よっちーさん
>「今ここにいる自分」を選んだのは私、
>って気負いなく思えるようになれたらいいな
そうですね。
とりあえず私は自分で選んだものについて責任は取るつもりでいるのですが、傍から見たらどうなんでしょう。

投稿: ぐれ | 2007/12/19 20:04

>sunaoさん
楽しみに、すすめていくことにしますね。

投稿: ぐれ | 2007/12/19 20:05

発達とはどんどん捨てていくことだという事を聞いたことがあります。

最初は無限に可能性が広がっていて、宇宙飛行士にも野球選手にも、社長にも科学者にもサラリーマンにもなれる。
でも全部いっぺんになることはできないので、大きくなるにつれてだんだん、可能性を捨てて何かを選ばなくてはならない。
1つを選ぶと言うことはほかの選択肢を捨てることになるわけですから、発達するにしたがって、どんどん捨てていくことになるわけです。

でも、途中でまた拾ってきたりもしますけどね。

こう考えると、捨てることもあながち悪いことばかりじゃないんだなって思いませんか?


ちなみに、新生児の脳の中ではニューロンがどんどん死んでいくそうです。いろんな環境に対応できるようにたくさんもって生まれてくるんだけど、これは必要ない、ってのがわかったらその部分はなくしていくんだそうな。
赤ちゃんの頃は英語のRとLの音の違いがわかるけど、日本でRやLの音に触れずに育つと、違いがわからなくなってしまう、というのも、このニューロンの刈り込みによるものなんだそうです。

長くなってしまってすみません。

投稿: ずんこ | 2007/12/21 09:49

>ずんこさん
興味深い話をありがとうございます。
みんな、意識せずに捨ててるんですね。気づいてない分、すっぱりと捨てられてるんでしょうね。
持ってると思ってるものを捨てるのが大変なんですね。

投稿: ぐれ | 2007/12/23 00:27

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